会長からのメッセージ(過去) 



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ご 挨 拶

全国大学附属農場協議会
会長 萬田 富治
(2006年6月14日)
■はじめに
 全国大学附属農場協議会(以下、協議会)は1949年に発足し、今年(2006年)で57年目を迎えました。発足当初の加盟校は関東圏の大学が中心でしたが、現在では北海道から沖縄まで、附属農場(あるいはフィールド科学センター等、以下同じ)を持つ国立大学法人・公立・私立大学、計53大学が加盟しております。なお、このうち27大学では附属農場がその他の附属施設と統廃合されて学部附属または全学附属の施設、多くはフィールド科学センターとなっています。協議会の設立の目的や活動内容を理解して頂くために、戦後の日本における食料・農業・農村の歴史と現状に対する認識や考えを以下に述べてみます。

■食糧増産時代から荒廃する国土へ
 協議会は戦後の混乱期に発足しましたが、当時は生活物資が不足しており、食糧増産、中でも主食である米の自給は国民的願望でありました。このような食糧増産に対する国民的要請を受けて、附属農場は時代を担う農学徒の実習の場として大きな役割を発揮し、多くの人材を世の中に送り出しました。また、附属農場には農業者、農業改良普及センター、試験場、資材メーカなどの多くの関係者も訪れ、地域交流が活発に行われる環境のもとで、講義と農場実習を通して学生たちは自発的に卒業後の進路を選択することができました。

 昭和36年に農業基本法が制定されたことに伴い大学農学部には、選択的規模拡大部門に係る畜産、園芸、農業工学・土木などの関連学科が新設され、また国公立の農業試験場も再編されるなど、農学関係の教育・試験研究分野が拡充・強化されました。これを契機に、米、野菜、果樹、園芸、畜産など重点作目の生産力は飛躍的に向上し、他産業の収益性を上まわる専業経営も見られるようになりました。大学農学部が農政や試験研究、実用技術開発、普及など多くの関連分野において活躍する有用な人材を輩出したことが、このような農業生産力の飛躍的な向上に貢献したことは言うまでもありません。その結果、国民的願望であった米の自給が達成されましたが、その後、食の洋風化がすすみ、畜産物や果樹などを含む豊富な食材が世界中から集まり、米余りという日本の歴史上、これまでに経験したことのない飽食の時代となりました。

 昭和30年代以降の高度経済成長は経済・制度の国際化を推し進め、農産物価格も市場原理に委ねるなどの政策・施策の転換が行われました。その結果、食糧自給率が低下し、農業後継者(担い手)は不足し、全国で約38万ヘクタール以上におよぶ耕作放棄地が出現しました。これらの諸問題は特に中山間地域に顕在化しています。林業でも人手不足が常在化し、国土は荒廃し、雑木林や竹藪が押し迫る里山での鳥獣害の報道は日常茶飯事の出来事となりました。このような荒れゆく国土・地域資源を保全するために、農業生産活動に大きな期待が寄せられています。

■食品の安全・安心感に対する関心の高まり
 最近では、輸入農産物の農薬汚染、輸入飼料に起因する国際感染症や、化学肥料・農薬・家畜排せつ物による環境汚染・衛生問題が顕在化しています。BSE(牛海綿状脳症:牛の脳の組織にスポンジ状の変化を起こし、起立不能等の症状を示す遅発性かつ悪性の中枢神経系の疾病)の発生や食品の不正表示問題の多発などを契機に、安全・安心な食品に対する関心が著しく高まっており、地産地消・スローフードへの取り組みをはじめ、生産者・加工・流通・消費者との新たな提携が始まっています。国においても食品安全行政が推進され、平成15年12月からは牛肉トレーサービリティ法(生産・流通履歴を追跡するしくみ)が施行され、消費者の視点に立った施策が強化されています。平成18年5月29日からは食品に残留する農薬等のポジティブリスト制度が施行されました。この制度では、食品に残留するすべての農薬、飼料添加物、動物用医薬品について、人の健康に影響を及ぼさないレベルの残留基準が設定されています。

■食料消費構造と世界の穀物需給との不調和
 国の農政も大きく転換が図られ、耕種農業と畜産との連携強化をはじめ、環境保全型農業の構築に向けた様々な施策が取り組まれています。しかし、依然として耕作放棄地は増加し、耕作面積や農家戸数の減少が続いており、食料の持続的生産および食料自給率の向上を達成することは厳しい見通しです。一方、海外に目を転じますと、10カ国が参加する東南アジア諸国連合(ASEAN)では、急速な工業化に伴い穀物輸入量が増加しています。また、中国も2001年には世界最大の大豆輸入国となり、世界の穀物需給に大きな影響を及ぼしています。近い将来、世界市場における穀物需給のバランスが崩れ、21世紀の半ばには環境、人口、食糧、化石エネルギーをめぐる状況はいずれも極めて厳しいものとなることが予想されています。農産物の持続的で安定した供給を確保するために、化石エネルギーの節減、資源循環による自然循環型農業を構築するための取り組みが国民的課題となっています。これらの諸問題の解決のためには、アジア諸国を始め、世界との連携を図る交流にも取り組んでいきます。

■大地や水は移動できない
 農業は工業と異なり、原材料を海外から輸入して成立する産業ではありません。農業は移動できない土地や大量の水、太陽エネルギーを原料とした自然循環的な生産様式を基本とし、次世代に継承すべき産業です。このような農業のあり方の実学の場として、これまで蓄積してきた附属農場の成果や理念をさらに広め、世の中に貢献するとともに、さらに農学の専門領域を越えて、体験学習、生涯教育、医療領域、社会科学、文学、芸術などとの連携や交流を図ることを、今後の目標の視野に入れております。これらの諸活動により、地域固有の伝統や文化が大切に継承され、農業・農村に生活する人々を復権させ、国民・消費者の生活を豊かにし、世界に誇れる健全な国土・国民の醸成に寄与できると考えています。

■食育の推進
 不規則な食事やバランスを欠いた偏った食習慣は生活習慣病を増加させ、食文化にまで大きく影響を及ぼしています。また、子どもたちの食生活の乱れは、健全な心身の発達にも影響を与えています。このような問題の解決を図るため、平成18年3月には「食育基本計画」が策定されました。ここに示された理念や趣旨は、附属農場がこれまで取り組んできた農場体験学習や小・中学生の受入を始め、多くの地域交流の諸活動と一致しております。この食育活動をさらに強化するため、平成17年度から「大学農場の教育・研究資源を活用した先導的食育プログラムの確立と普及」の課題を掲げて、協議会としての取り組みを開始しました。

■全国大学附属農場協議会の名称について
 大学農学系学部はこのような社会的背景を受けて、農学部から農学生命科学部、応用生命学部、生物資源学部などへと名称を変えています。附属農場をフィールド科学センターへ再編する大学も増えています。また、農学部の附属施設から全学の施設へ再編され、農学部以外の学生たちの実習教育も担当する大学も見られるようになりました。しかし、53大学が加盟する当協議会の名称を変更すべし、という意見はあがってきておりません。農学の基本は実学であり、その実学の実践教育の場としての附属農場の役割は計り知れないことを農場教職員は強く自覚しており、現在の農学離れ、農業離れの潮流に大きな危機感をもっているからです。

■おわりに
 2004年度からスタートした国立大学法人は、中期計画に社会・地域貢献が大きく掲げられています。附属農場は、この役割も大きく担っています。このため、専門分野における農学研究の総合化を図り、農場教育・研究に貢献するとともに、生涯教育、体験実習、食育の推進などを通して地域社会との密接な連携を強化しております。

 平成14年10月11日の全国農学系学部長会議声明では、「農学としての学問は」生命科学、環境科学の重要な部分を構成していることは事実ですが、生命科学、環境科学に還元できるものでは決してない。」と述べています。当声明にうたわれているように、附属農場も専門研究に組み替えられて、分離・解体されないように、しっかりとした理念と目標を掲げて附属農場の運営を目指す必要があります。これまでの協議会の取り組みは、会員校間の情報交換や連携を深めることが中心でした。これまでの協議会が培ってきた経験を活かし、これからはさらに、社会との連携を強化し、世の中に貢献できるような協議会運営を目指すことにしております。